男の離婚協議書は公正証書にしたとしても完璧なものではない
離婚に先駆け、離婚協議書を交わしておくべきという情報はよく耳にする。
実際にこの情報は間違いではないと思うし、
僕だってどうかと問われれば交わしておいた方がよろしいと言っておく。
これは離婚という身分行為上の処理だけでなく、
それによって発生しうる互いの権利義務関係に一定の決着の証を残すためだ。
これがないと、例えば慰謝料があったのか、養育費の合意があったのか等について、
いつまでも決着がついていない宙ぶらりんの状態になってしまう。
だから、立場上を抜きにしたって、
やはり離婚するにあたっては協議書は交わしておくべきというスタンスは変わらない。
簡易的な内容の離婚であれば私文書でもよろしいが、
大きな金額や資産が絡むものであるのならば、公正証書を交わしておいた方が良い。
ここは金額などではなく、用途を見た上で個別に対応を検討すべきだろう。
たまに私文書でも有効なんでしょ?という話も聞くが、
合意が有効であることは事実だけれど、私文書には有効性を保持してくれる後ろ盾がない。
これは合意の後になって、例えば弁護士とかに、
合意は無効などと言われて争われる余地を残してしまうということでもある。
公正証書にしておくことで、こういったスキはほぼほぼ潰しきれるので、
そういった保持性の面を重視したいのであれば、やはり公正証書にしておいた方が良い。
ただ、離婚協議書の公正証書については情報が錯綜している面もあって、
堅い面を際立たせるために、公正証書にしておけば大丈夫!みたいな情報も見かける。
これについては、実は一考の余地ありなんだ。
特に、離婚等の家庭内の問題では、ね。
離婚時に合意に至るのは、大抵が金の話と子の処遇、そして面会交流のことなんだけれど、
内容によっては事後に状況が大きく変わるものもある。
金の件は合意と支払いによって決着がつくからともかくとしても、
その他の面については合意形成時の状況のままでいられるか未確定の余地が残るんだ。
公正証書を交わしているのにおかしくない?という意見もあるだろうが、
これについてはここ最近の記事でも取り上げているように事情変更の領域の話になるんだ。
合意形成時に予測し得なかった後の事実の発生は、既存の約束の履行性の確保に影響を与える。
これは法律上で認められている原則論で、
仮に公正証書を交わしていたとしても完全にカットアウトできるものじゃない。
そして、この事情変更の原則は家庭内問題においては、
いざ、争いに持ち込まれたりするとかなり柔軟に取り入れられる傾向にある。
理由は少し考えれば想像できるかと思うが、
一方の再婚や失業等の如何ともしがたい不確定要素が絡みやすい分野だからだ。
一般的に言って、養育費や面会交流等は、
とても長い期間に渡って履行してゆかねばならない。
その期間の内には、合意当時の約束の履行が非現実になるような事態も起こり得る。
そうなった際にも公正証書を交わしたからといって、
死んでも約束を守れなんてのは不合理すぎるし、法もそこまでの許容性は与えていない。
なので、極まった場面においては、公正証書を交わしていたとしても、
その履行性を完璧に確保できるわけではないということは覚えておいた方が良いだろう。
ただ、当時に公正証書を交わしたという事実自体はとても大きなことだ。
だから、そういった不完全な面があったとしても、
やはり離婚時には公正証書を交わしておく意義自体は変わらない。
合意に変更を加えるとしても、その当時の合意をベースとして考えるのが一般的だからね。
色々と説明したけれど、それらも全て踏まえた上で、
やはり離婚時には公正証書を作成しておいた方が良いという結論だ。
行政書士明和事務所
吉田 重信
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